幸せ自作人
A Creator of My Own Happiness
こちらのコラムは、以前ファイナンシャル・アカデミーのご依頼で「マネラボ」にて執筆、掲載したものです。掲載の許可を頂き、こちらのホームページでも紹介させていただくことになりました。
文章は筆者自身の経験や思いをもとに執筆しております。
著作権保護のため、無断転載はご遠慮くださいませ。
初出:2018年4月28日 ~ 2019年1月28日
毎週日曜日に掲載予定

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2018年9月24日 「シニア世代の子と親のかかわり」
幸せ自作人こと島津信枝です。
先日のNHKのテレビ番組でシニア世代の親の余命と子と親が一緒に過ごす時間の関係について話題になっていました。これが意外な結果なので驚きました。
子供が社会人となり親元を離れる場合、親子が顔を合わせるのは、お盆、お正月など1年のうち数日程度(平均すると6日間)とあまり多くありません。関西大学の保田教授によると、親と別居している場合、親と子が一緒に過ごす時間は次のように計算できるそうです。
1年間のうち親子が会う日数を6日間、1日あたり親と接する時間を4時間とすると、1年で親と一緒に過ごす時間は(4時間×6日間)=24時間となります。つまり、親子が一緒に過ごす時間は、親の余命年数×1日となります。平均的な親の余命は(平均寿命親の年齢)となりますが、男性と女性の平均寿命は異なるので親の年齢をXとすると
父親の場合: 1日×(X2×0.009X×1.97+109.3)
母親の場合: 1日×(X2×0.009X×2.09+121.1)
という式で表されるそうです。この式によると父親が55才の場合、28.1日。母親が55才の場合、33.3日となります。もちろん、親子が近くに住んでいて頻繁に会える場合や、遠方に住んでいてなかなか会えない場合など、個々の事情により実際は色々変わると思いますが、このような数値を知るとその短さに驚かされます。
これを知ったからといって今の生活ペースを変えられるわけではないのですが、できれば残り少ない子供達との時間を大切にしていきたいと思います。
ところで、子供との接し方は人により違います。接し方の一つの例として、「子供に嫌われるようなことは言わない、しない。人生の先輩ぶっていろいろ言いたいことがあっても少々のことには目をつぶる。自分だって人生に成功したのか分からないのだし、失敗から学ぶものも多い。また子供達と同居していた時にすでに沢山のことを教えておいたはずなので、子供が成長したからには親はおとなしくしている方がいい」という考えもあります。私はどちらかというとこの様に考え自分に出来ることとして、子供達が訪ねて来た時に美味しいものを作って食べさせること、遊びに来やすい雰囲気の家にしておくことを心がけています。
一方、私の友人には、「言うべきことは自分が嫌われても言い残しておきたい」という人も何人かいます。これも立派な親の態度と思います。
形は違ってもどちらも親の「愛」の表現なのでしょう。
意外に残り少ない子供達との時間を大切にして生きていきたいと思います。
今日はこの辺で。
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最後までお読みいただきありがとうございました。
©2018-2019 Nobue Arai

2018年 9月17日 「ヨーロッパの会合に参加して」
幸せ自作人こと島津信枝です。
先日ある会合に参加するためにヨーロッパに出かけてきました。
いつも感じることですが、欧米の人々は良くお話しをします。レセプションや夕食会でも飲み物を片手に2,3時間は話続けます。それも夜遅くまで延々と。複数の国からの出席者がいる場合、共通言語は英語ですからやはりある程度の英語力と豊富な話題を持っているかが大切になります。
私は参加者の服装についても興味がありますので、色々と観察しました。男性は皆さん大差ないのですが、ご婦人方の服装はかなりバリエーションがあります。私がすてきだなと感じたのは、服の色のコーディネートが上手でそれぞれのプログラムにあわせた服を着ていらっしゃる方達です。これは万国共通で大事な要素ではないでしょうか。しかし参加者の立場からすると、海外から参加の場合、持って行く荷物の限界もありますから衣装の遣り繰りが大変です。また気候に会わせた服装も考えなくてはいけません。現地の気候に対する予想が外れると悲惨です。せっかく持って行った服が着られなかったり、現地の寒さ暑さに対応するために慌てて買い足さなくてはならないこともあります。
会合の種類によっても違うと思いますが、レセプション、見学会、夕食会などでドレスコード(服装規定)の確認が重要です。それでも現地の人々とは少しずれてしまったと感じることが多々あります。カジュアル、セミフォーマル、フォーマルなどとドレスコードが書かれたメモが事前に配布されることがありますが、最近はドレスコードに合わせながらも堅苦しい感じでなく自分なりのおしゃれを楽しむ傾向があるようです。当然のことですが、ドレスコードはセミフォーマルよりもフォーマルの方が堅い服装になり、フォーマルではご婦人はスカートを着用する割合が多くなります。今回の会合は比較的堅苦しくないものでしたので、フォーマルを指定されてもロングドレスの方はいませんでした。この辺は会合の種類によって異なると思いますので、事前に調べておく必要があります。私の解釈では、ドレスコードは海外や国内の国際的なパーティーではほとんどの場合事前に知らされますが、国ごとに決められたマナーがあるようです。社交儀礼ですので主催者や参加者に敬意を表して出来るだけ指示に合った服装をすべきでしょう。
話は少し変わりますが、今回感じた事として以前に比べて海外の人が日本のことを細部まで知るようになったということがあります。これはSNS普及のお陰かもしれません。例えば日本の皇室には次の次の天皇候補の王子様が一人しかいなくて心配ですねと言われたり、北海道の地震は大きな被害があり大変でしたねなどと声を掛けられました。また、たあいもない会話に思えることからも色々な情報が得られことがありますので、できるだけ色々な方とお話して、帰国した後もSNS等で連絡しあえる関係を築く事が大切でしょう。
では 今日はこの辺で。
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最後までお読みいただきありがとうございました。
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2018年9月3日 「SNSに垣間見る母子関係」
幸せ自作人こと島津信枝です。
最近はSNSを使った人々の交流が盛んに行われています。それ自体に特に意見はないのですが、何となく違和感を覚えることもありますので書かせていただきます。
「SNSによって遠い人が近くなって、近い人が遠くになった」と聞くことがあります。私もフェースブックやインスタグラムをしていますのでその様に感じることがあります。例えば頻繁に投稿する友人の文章を読んでいるとその人の生活や考え方が手に取るように分かります。自分自身の子供のこと以上に分かってしまいます。SNSには個人的な育児の悩み、夫や親との関係の悩みなど様々なことが書かれています。
昔だったらこのように個人的な話は、親や兄弟、友人といったごく近しい人々に打ち明けて解決していたものでした。今は違うのですね。見ず知らずの人も見ているサイトに平気で個人的な悩みを打ち明けてしまうのは驚きです。コメントを返す人が見ず知らずの人の場合もあります。世の中変わったとつくづく考えてしまいます。最近びっくりしたのは、「私は母が好きではなく里帰り出産を止めようかと思う」という投稿を読んだときでした。返事のコメントが「私も母といると疲れるから里帰り出産をしなかった」というので二度びっくり。お産の時は実母や実家の家族に甘えて過ごすのが幸せと思っていた私は驚きました。残念ながら私の場合は母が病弱で里帰り出産が出来ませんでしたが、もし母が元気なら大好きな母に面倒を見てもらいたかったです。
「お母さんが好きではない」という言葉もショックでした。私の場合、人間形成の基盤は「お母さん大好き」から始まっているといっても過言ではありません。子供の頃は「お母さんが死んだら私も死ぬ」と常々言っていたくらいです。病弱の母と過ごした子供時代の一番の恐怖は母の死でした。
大正生まれの母に育てられた昭和生まれの私と、昭和生まれのお母さんに育てられた平成時代を生きる人たちとは考え方や感性が違っていて当然かも知れません。しかし、生き物としての最も基本的な関係である母子の関係が希薄になってきているとすれば、とても残念な事です。「お母さんが好きでない」という人達が少数派であることを祈っています。
では 今日はこの辺で。
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最後までお読みいただきありがとうございました。
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2018年8月27日 「熟年離婚を考える」
幸せ自作人こと島津信枝です。
今日は熟年離婚を題材とした映画「RAILWAYS 愛を伝えられない大人たち」を見た感想を書かせていただきます。
あらすじ
定年退職を1か月後に控えた電車の運転士・滝島徹は、妻・佐和子から、結婚を機に辞めていた看護師の仕事へ再就職したい気持ちを明かされる。突然のことに驚いた滝島は妻と激しく口論をしてしまい、再就職に反対された佐和子は家を飛び出してしまう。お互いの気持ちを上手く伝えられず、すれ違う二人の想い・・・。
私も夫が定年を迎えたばかりなので人ごととは思えない部分がありました。また私も仕事をしているので再就職を考える妻の立場も理解出来ました。
この映画では、主人公(夫)は妻が家にいることで満足していると長年思っていました。経済的に困っていないのに何故妻が突然仕事をしたいと言い出したのか分かりませんでした。女性も生きがいとしての仕事をしたいと考えることが理解出来なかったのです。しかし、少しでも人の気持ちを思いやる度量がある男性でしたら、妻のいっていることを時間を掛けて考えて、その気持ちを理解出来たはずです。この映画の主人公はあまりにも思い込みが強く、妻の気持ちを理解することが出来なかったのです。男社会に生きた典型的な昭和の男なのかもしれません。
この映画では、とある事故をきっかけに夫は妻の気持ちに気付き、また妻は夫が長年大切にしてきた仕事への真摯な態度を再確認しました。これにより、両者ともパートナーへの尊敬の念が深まり、夫婦の絆を取り戻すことが出来ました。
この映画でも感じたのですが、普段から夫婦の会話を密にすることがとても大切だと思いました。たわいもない話から深刻な話まで、常日頃から色々話をしていれば、お互いに何を考えているのか、どんな夢を持っているのかなどの理解ができていたことでしょう。定年の時期まで耐えてきた妻が突然自己主張をはじめるといった軋轢が生ずることもなかったのではないでしょうか。
そういう私も自分の信念が通らなかったら離婚しかないかしらと覚悟を決めたことが全くなかったわけではありませんが、何とか大衝突に至ることも無くここまでやって来ることができました。何とか夫とも折り合いをつけながら、自分を活かす道を求めるというのんびりとした性格がよかったのかもしれません。
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最後までお読みいただきありがとうございました。
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2028年8月20日 「自分の健康は自分で守る」
幸せ自作人こと島津信枝です。
先日、就業中に運動や間食をしたり昼寝までするように会社が指導していると書かれた新聞記事をみて驚きました。なんとなく微笑ましい状況とも言えますが、体調やメンタル面を会社に管理してもらわなくてはならないほど現代人の体力や集中力が落ちてきているということなのかと心配になったからです。しかしこの記事には「科学的な知見が増えてきたこともあって、社員の心身の健康と生産性の関係が注目されるようになってきた」と記されていましたので、これも社会の合理的な進化なのかもしれないと自分なりに納得しました。
私が若い頃は企業の保養所などが充実していて社員の親睦や家族の保養に役立てられていました。また社員の家族の健康診断を無料で行ったり、奥さんがお産の時や急な病気の時にヘルパーを派遣するという会社もありました。このような仕組みは現在でも続いているのかもしれません。しかしこの記事のように社員の健康のために日常的に支援を行うということは聞いたことがありませんでした。私が会社勤めをしていた時には個人的に会社帰りにスポーツクラブに行きましたし、昼食時に果物やヨーグルトを食べるなどして自分の健康は自分で管理しているつもりでした。
確かに私たちの生活習慣は劇的に変化しています。車やエスカレーター、エレベーターが普及して、日頃からあまり身体を動かさない人が多くなってきたようです。会社員の皆さんの健康状態を維持することが以前よりも難しくなっているのかもしれません。食事も消化のよい和食から洋食に移行し、またジャンクフードの摂取も増えているようです。
定年を迎える世代について考えてみると、社員の健康に留意してくれていた会社から離れるわけですから、これからは自分の身体の状態を知って自分で体調を維持することが大切になるでしょう。あまり神経質になることは無いと思いますが、簡単な健康チェックを定期的に行って些細な体の変化を見つけられるようにしておけば何か不都合があっても早めの予防ができるでしょう。最近は体重計や血圧計も便利なものが出回っています。私も体重以外にも色々な情報を知らせてくれる最新型の体重計を使って、週に一度ぐらいは体重、筋肉量、肥満度、体内年齢などをチェックしています。
また最近実感したことは、健康を保つにあたって歯の健康がとても大切だということです。しばらく前に体調を壊したときに気が付いたのですが、自分では栄養のあるものを食べていたつもりなのに身体には摂取した栄養が十分に届いていなかったらしいのです。どんなに栄養価が高くバランスのとれた食事をしていても、歯でよく噛んで食べなければ、胃や腸での消化・吸収が十分にできないようです。その時は歯の調子がよくなかったために食物をしっかりと噛めずに、体調が更に悪化してしまったようでした。口の中の健康無くして健康な身体は維持できないということに気づきました。
月並みですが、定年退職後のキーワードの一つに「自分の健康は自分で守る」を入れておく必要がありますね。
では今日はこの辺で。
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最後までお読みいただきありがとうございました。
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2018年8月13日 「息子介護」
幸せ自作人こと島津信枝です。
先日のNHKの番組で現役の男性ディレクターが体験した親の介護を取り上げていました。就労世代の男性が親の介護をしなければならない「息子介護」と呼ばれる介護形態が増えているようです。昔は、年を取った親を介護する役割は娘か嫁が担うというのが一般的でしたが、今は息子が親の介護を引き受けることも多くなったそうです。
その番組を見て感じた事は、介護を少しでも遅らせる「予防」ができないだろうかということでした。年を取ることイコール要介護になるということではないはずです。あまりにも多くの老人が要介護になっています。「予防」をして食い止めない限りその数は増えるばかりでしょう。
認知症はある日突然にちょっとした事が原因で発症してしまい、一旦認知症になると元に戻すことが難しいという話を友人からよく聞きます。ついこの間までは何ともなかった親が急に認知症になって困っている。どう対処してよいか分からない。仕事をしている私の友人は、最終的に親を介護施設に入居させました。また、病院の入退院を繰り返している内にお年寄りが認知症になったり、体力が低下して通常の生活ができなくなってしまうという話もよく耳にします。高齢者の方々が心身ともに現状を維持して、体力・知力の低下を防ぐ仕組みの構築に社会全体で取り組む必要があります。
先日地方に引っ越した友人から聞いた話ですと、その地域ではお年寄りが皆さん元気で働いているのに驚いたそうです。60代の方で体調が悪いと言っている人はほとんどおらず、皆さんばりばりと畑仕事などをこなしているとのことです。大工さんも、70代になっても現役で仕事をしているそうです。地方の人口減は大きな社会問題ですが、社会を維持する為にお年寄りが必要とされることで、その方達の老化を防ぐという良い効果もあるのですね。
都会でも確かに働くお年寄りは増えているようですが、介護老人にならないために気軽に働ける仕事がもっと増えると良いと思います。軽度な仕事やボランティア活動をしやすい社会の仕組みをもっと充実させたいものです。人間はいくつになっても自分を必要としてくれる人がいるということが幸せの源になり、またその為に働くことが老化を遅らせる高い効果をもつと思われます。
たとえば今、老人介護に人手が足りないという話も聞きますが、元気なお年寄りはこの分野で大いに活躍できるのではないでしょうか。若い人には無い経験と知恵を活用できれば介護の質も良い方向に変わるかも知れません。
では今日はこの辺で
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最後までお読みいただきありがとうございました。
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2028年7月30日投稿 「ITとの関わり」
幸せ自作人こと島津信枝です。
皆さんはITとどのように関わっていますでしょうか。
私の友人達を見ると、年齢によって関わり方の程度が異なるように思えます。私(アラシックス)より高齢の友人達は初めからパソコンに関わることを諦めているようです。同年齢の友人達もそれほど必要に迫られていないようでネット検索やメール程度しかITを利用していないようです。しかし年下の友人達は自由にインターネットやパソコンを操作していてうらやましい限りです。
英会話とITは別のものですが、コミュニケーションツールとして考えると似ているところがあります。たとえば英会話もITも必要性を感じない人にとっては使えなくとも特段の不便さは感じないものです。しかし英会話が出来れば色々な国の人々と知り合いになることができて世界が広がります。ITも自由に使いこなせれば世界を広げることができる便利な道具です。英会話とITの違いは、ITの場合、見たこともない人と係わることがある点でしょうか。時には見ず知らずの人からメールが届いたりして危険を感じることもあります。だからといってITを避けていては生きづらい時代になってきました。
先日、ITが得意で「アプリおばあちゃん」と呼ばれている若宮正子さんのお話を聞く機会がありました。贅肉のないスリムな体型でとっても元気な82歳の女性でした。この方は60歳からパソコンを使いはじめてプログラミングにも挑戦し、ひな祭りをテーマにしたiPhoneアプリ「hinadan」を81歳で開発しました。プログラミング言語「Swift」をゼロから学んで作ったそうです。2017年2月に配信されたこのアプリは、ダウンロード回数7万回を突破して同年12月には英語版もリリースされたそうです。
60歳からITにチャレンジしたとは驚きですね。若宮さんは「近くの本屋さんでIT関係の参考書をどれだけ買ったことか」と語っていました。やはり相当努力されたのでしょうね。
ビジネス インサイダー ジャパンに掲載された記事から一部を転載せさせていただきます。
—— そもそも、パソコンを始めたのが、60歳だったそうですね?
若宮:そうなんですよ。銀行を辞めた時、退職金をはたいてパソコンを買いまして。昔はモデムとか周辺機器が全部外付けだったので、トータルで1カ月分のお給料以上はしたんじゃないかしら。私は今でこそ、自分はリケジョじゃなくて、理系老人の「リケロウ」なんて申していますが、高卒ですから、理系も文系もなく、無印「凡」品。タッチタイピングなんてはなからできなくていいと、キーボードの一本指打法で始めました。当時は、退職後に関連会社で働いていましたから、週末にパソコンと格闘して、接続するだけで3カ月もかかってね(笑)。
——なぜ、1カ月分のお給料以上もするパソコンを入手しようと思ったんですか?
若宮:パソコン通信でネットワークを広げたかったんです。家には認知症になりかけていた母親がいて、そうそう出かけられなかったですし。ネットが「開通」してからは海外旅行、料理、介護……と、いろいろな「部屋」を見て回りました。血縁、地縁、職縁以外の「通信縁」で、私の世界は広がった。「ああ、私は60にして翼を手に入れたんだ!」と。
昨今は私もパソコンやインターネット相手に格闘していますが、若宮さんを見習って頑張りたいと思います。
では今日はこの辺で。
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最後までお読みいただきありがとうございました。
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2018年7月23日 「暑さ」
幸せ自作人こと島津信枝です。
年々暑さが増しています。今年はとても暑くなりました。
皆さんいかがお過ごしでしょうか。
今年の暑さは異常気象によるものとのことですが、毎年暑さの度合いがひどくなるので、「異常気象」とあきらめず、私達にできる対策をもう一度考えてみます。といいましても、
この暑さですと、どこか涼しい所に避暑に行くかエアコンの力を借りるかぐらいしか具体的な方法を思いつきません。時間的にも金銭的にも避暑に出かけることができる人は少数だと思われますので、結局庶民が頼れるのはエアコンでしょうか。
ところで、高齢者が熱中症で亡くなった原因の90パーセントは、エアコンを使うのを「ぜいたく」と考えて使用を控えていたためだそうです。
NHKの解説記事を引用します。http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/700/272158.html 「どう防ぐ 高齢者の熱中症」
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高齢者は「ぜいたくだ」といって、エアコンを使うのを控える人が少なくありません。
さらに、高齢者は暑さを感じる感覚も鈍くなってきています。
日本の夏がこれだけ暑くなってもエアコンを控えることがあるのかと、疑問をもたれる方もいると思います。東京都監察医務院によると、2015年に東京23区で熱中症のため屋内で死亡した人の90%が、エアコンのスイッチを切っていた、あるいはエアコンがなかったということです。
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確かにエアコンは電気代もかかるし、ぜいたくかもしれませんが、昨今の暑さは我慢すればやり過ごせるような代物ではありません。自宅でエアコンを使えない事情がある場合は、自治体の高齢者交流施設や図書館など冷房が完備されているところを利用するなどの工夫が必要でしょう。またそれらの施設も、気温が極端に高くなる期間限定でも結構ですので、積極的に高齢者受け入れをするように自治体が動いてほしいものです。だだしそのような施設を利用するにしても、暑い時間を避けて出かけるなどいろいろな工夫が必要と思います。
省エネを考えなくてはいけないと分かっていてもそれどころではない大変な時代になってしまいましたが、夏が過ぎれば美しい日本の秋が待っています。その時が来たら省エネも頑張りましょう。
では今日はこの辺で。
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最後までお読みいただきありがとうございました。
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2018年7月16日 「老人になって詐欺にあわないようにするには」
幸せ自作人こと島津信枝です。
今日は老人になって詐欺に遭わないようにするにはどうしたら良いか考えて見たいと思います。
実は先日私のところにも法務省をかたる詐欺「偽り葉書」が届いたのです。びっくりしました。でもダイレクト郵便による詐欺が流行っているとラジオで聞いていたので落ち着いて対処出来ました。情報が助けてくれたということです。この葉書の文面はとてもきちんとしており整理番号まで付いていました。法務局の住所も電話番号も書いてありました。いかにも本物のお役所からの通知のようでしたが、内容に心当たりがなかったので無視しました。
以前知り合いが息子さん関係でおれおれ詐欺にあって、その時は何度も息子さんに確認の電話を入れようとしたのですがお話し中で確認出来なかったと聞いたことがあります。 悪いことをする人は先の先まで手を打っているのですね。(この場合は、息子さんの電話に集中的に電話をかけて電話がつながらないようにしたらしいです)。
一昨日、日本経済新聞に上記の詐欺事件に関する記事が載りました。ご参考までに一部引用いたします。
法務省かたる詐欺 偽はがき送付、被害1.2億円(2018/7/14付 日本経済新聞 夕刊) 法務省の名をかたる架空請求詐欺事件が全国各地で相次ぎ、これまでの被害額は計約1億2千万円に上ることが14日、分かった。「裁判の被告になった。連絡がなければ財産を差し押さえる」との内容のはがきを送って不安をあおり、連絡してきた被害者から金をだまし取る手口。法務省がホームページなどで注意を呼び掛けている。法務省によると、2017年4月から18年3月末までに、全国の消費生活センターに計3万1615件の…(以下略)
どうしてこうも老人ばかりが詐欺にひっかかってしまうのでしょうか。老人は「孤独」だとか「無知」だとかと言われて、それが原因の一つだという意見を聞くことがあります。はたしてそれだけでしょうか。私は日本人のDNAの中には人を信じる事は美しく、疑うことは悪であるという意識があると思います。おれおれ詐欺のような弱者(老人)を集中的にターゲットとするなんて考えられなかった平和な時代を生きてきた人々にはこのような詐欺に対しては抵抗力がないというのが一番の理由かも知れません。私も人を疑う事には何となく嫌な感じがしますので、最近は何かあったらできるだけ失礼にならない言葉を使って「確認する」ようにしています。たとえば昔はお店で高額な買い物をした時、おつりを店員さんの前で確認することすら失礼と思ったことがありましたが、その場で確認をしておけばお互いに安心ですね。
私は海外に行くことが時々あるのですが、そこで感じることは「騙す方も悪いが騙される方も悪いのだ」ということです。自分の身は自分で守って生きて行く必要があるのでしょう。海外で日本人がスリや盗難のターゲットになっているというのもやさしくおっとりとした日本人の弱点を突かれていると思います。
私達にできることは、正しい情報を入手して自分の身を守ることですが、警察、マスコミも状況把握と告知だけでなく、少しでも被害が減るように対処していただきたいと思います。
では今日はこの辺で。
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最後までお読みいただきありがとうございました。
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2018年7月9日 「置かれた場所で咲きなさい」
幸せ自作人こと島津信枝です。
皆様はノートルダム清心女子大学の学長をされていた渡辺和子さんをご存知でしょうか。私はあるラジオ番組の対談を聞いて渡辺さんをしりました。また、先日書店の店頭にベストセラーになった随筆集「置かれた場所で咲きなさい」2012年出版を見かけました。その中の一部を紹介させていただきます。
渡辺さんは36歳の若さで、縁もゆかりもなかった岡山の地でノートルダム清心女子大学の学長になったそうです。その時先輩シスターからの風当たりは想像以上で、嫉妬やねたみによる無視や不理解が続きました。つらい毎日に大学を去ろうとしていた渡辺さんが、ミサに参加した際に、神父からある詩を渡されました。
そこには、
「置かれた所で咲きなさい。
置かれた環境で咲くという事は、
仕方がないとあきらめることではない。
自分が笑顔で幸せに生き
周囲の人を幸せにすることによって
神があなたをここに植えたことが
間違えではなかったと証明するのです。
と書かれていました。
「置かれた場所で咲きなさい」という言葉の真の意味を理解するにはある程度の人生経験が必要かもしれません。私は、「置かれた場所で咲く」とは制約のある中で精一杯い希少という意味と理解しています。 人間は社会生活を送る生き物なので大なり小なり社会で生きていくという制約が課せられています。社会の単位としては、職場、学校、友人、家庭等があるでしょう。私の場合を例にしますと、「置かれた場所」は家庭であったと思います。 私はその昔の言葉で言うと独身貴族のキャリアウーマンでしたが、専業主婦に憧れて家庭を持ちました。しかし育児と夫の面倒だけでは物足りなさを感じ、自分に出来るものは他にもあるのではないかと思い「それなら空いた時間で出来る範囲で頑張ってみよう」と思いついたのが英語講師と人形劇活動でした。立派に咲けたかどうかは分かりませんが、精一杯咲こうと努力した過程は充実したものでした。是非もう一花咲かせたいものです。
では今日はこの辺で
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最後までお読みいただきありがとうございました。
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2018年7月2日 「サッカー・ワールドカップ」
幸せ自作人こと島津信枝です。
巷では先日行われたサッカー・ワールドカップの日本―ポーランド戦が話題になっています。試合をご覧になった皆さんはご存知と思いますが、決勝トーナメント進出の為にボール回しで時間を稼ぐ方が正しいのか、最後まで得点を狙って攻撃の手を緩めない方が潔くって正しいのかとういう議論です。私はサッカーのような勝負の世界では、日本チームがとったボールを回して攻撃しない作戦が正しかったのではないかと考えています。
さてワールドカップの話しとは少しずれてしまいますが、私達の老後の人生では攻めがよいのでしょうか、守りがよいのでしょうか。私はこの場合は攻めで行きたいと思っています。というのは、人生では終わりがいつになるのか分からないからです。サッカーでは、この試合を耐え、次の試合に繋がるならば次に勝負をかけるために攻撃しないという作戦もあると思います。しかし、人生のように成果を点数化することが難しく、またいつ終わるかも不明な場合、コツコツと攻め続けることが重要なのではないでしょうか。ここで、歳を取ってからも歩みを止めず攻め続けることによって成功した人達の言葉を引用させていただきます。
『人生は短距離走ではなくマラソンだ』
イギリスの女優ヘレン・ミレンは、18歳の時にお芝居を始めたのですが、成功して名前を知られるようになったのは40代半ばで、その後、アカデミー賞に4回ノミネートされ、2006年の映画「クイーン」では61歳で主演女優賞を受賞しました。
『失敗は恥ずかしくない』
ハリー・ポッターシリーズの作者J.K.ローリングは、25歳で小説を書きましたが日の目を見ませんでした。しかしその後もあきらめず書き続け、32歳のときにハリポッターで大成功をおさめました。彼女はこのように言っています。「人生には避けられない失敗があります。ものすごく慎重に生きない限り、失敗しないなんて不可能です。でもただ慎重に生きるだけだったら、闘わずして失敗したことになります」
『本当に好きなものをみつけるまで、諦めない』
アメリカの男優モーガン・フリーマンは、俳優になるまでアメリカ空軍のパイロットでした。彼の名前が知られるようになったのは50歳になってからです。本当に愛している、好きだと思える仕事や人間関係をみつけるまで諦めないというモットーで、最後は現代アメリカを代表する俳優になることが出来ました。
上記の方たちのように全ての人が成功するまで頑張れるかは分かりませんが、人生の歯車を止めずに進んで行きましょう。 では今日はこの辺で。
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最後までお読みいただきありがとうございました。
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2018年6月25日 「魅力的な老人になるには」
幸せ自作人こと島津信枝です。
今日は魅力的な老人になるにはどうしたらよいか考えて見ましょう。
時間はどんどん進んでいきますから時が経てば私も皆さんも老人になることは確かです。
出来れば可愛いおばあさん、おじいさんになって人に嫌われないようになりたいものです。そのためには今から心掛けるべき事が色々あると思います。
たとえば、昨今老人のマナーが悪くなったなどと言われていますが,私はこれについてはさ程気になりません。しかし姿勢の悪い老人、足腰の悪い老人をよく見かけます。子供の頃、腰が曲がった老人がたくさんいたことは記憶に残っています。しかし生活習慣や栄養状態が改善された今日でも日本の多くの老人が歩行に何らかの問題を抱えているのは何とかしなければと思います。将来可愛いおばあさん、素敵なおじいさんになるには外見はとても大切です。健康でこざっぱりした印象を与える老人になりたいものです。
1.着る洋服は綺麗な色のものを選びましょう。
2.歩きかたに注意して、さっそうと歩くようにしましょう。
3.姿勢に気をつけましょう。特に背中がまるくならないようにしましょう。
4.元気な印象を与える様に顔の表情にも注意しましょう。
次に中身はどうでしょうか。これまでの人生でいろいろな経験をしてきた事を生かして寛大に人と接することが出来れば理想的です。また老人ということで少々辛い思いをさせられても感情的にならず冷静に対処することも大切だと思います。たとえば生命保険の保証金額も60代になると同じ掛け金でも急に下がってしまいます。病院に行っても年寄りということで同じ命でも軽く考えられているように感じることもあります。なんだか年を取ると良いことがどんどんなくなってしまうようにも思えますが、でも光を探せば見つかるはずです。
先日電車で席が空いたのに気が付いて慌てて座る老人を見かけましたが、あまり美しいものではありませんでした。また逆のケースで、若い人が老人に席を譲ろうとしていましたが、老人は照れくさそうに断っていました。親切をする方も勇気を出しているのですから、「ありがとう」と素直に好意を受けた方がエレガントではないでしょうか。
あこがれのスターとかあこがれの~という言葉があります。あこがれのお年寄りを探すという方法はどうでしょうか。最近よく使われている言葉「ベンチマーク」(この場合目標となる人)を見つけて分析したり参考にしていけば楽しいと思います。美しい老後を目指して頑張りましょう。
では 今日はこの辺で。
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最後までお読みいただきありがとうございました。
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2018年6月18日 「コミュニケーションについて」
幸せ自作人こと島津信枝です。
今日はコミュニケーションについてお話ししましょう。
3年前に、ファイナンシャルアカデミーのお金の教養フェスティバルに参加した時に、講師の佐々木圭一さんのお話を聞いてとても感動した記憶があります。佐々木さんの著書には「伝え方が9割」(ダイヤモンド社2013年)があります。とても分かりやすく書かれているのでコミュニケーションの上手な取り方に興味のある方は是非読んでみて下さい。「相手が何を考えているか、何を望んでいるかを想像することが大切です」というご指摘も良いコミュニケーションの極意だと思いました。「相手にとってメリットのあることを考え抜く癖をつける」ということですね。
話は変わりますが、私は人形劇団の代表をしています。今回人形劇の公演で人形を扱う人を探していたところ、運良く年配の人で引き受けてもらえる人が見つかりました。彼女は人形劇から10年ほど離れていましたが、その間演劇や朗読をしていました。まだ人形劇に対する情熱は消えていなかったようで、私の声かけに応じてくれました。「最後の人形劇になるかもしれないから頑張りたい」と活き活きと練習に参加してもらっています。劇団の要望と年配の人の人形劇への情熱が上手く合致しました。毎回合うたびに元気になる彼女を見ていると私の声かけも正解だったと思います。
コミュニケーションを上手に取れるようになれば生きやすいでしょうね。家族間、夫婦間でも上手にコミュニケーションをとる努力をしたらより良い関係を築くことが出来るのではないのかと考えています。家族にまでそんなに気をつかわなくてもいいのではないかと思われる方も多いと思いますが、身近な人とも良いコミュニケーションをとってお互いに気持ち良く暮らすことも大切と思います。
夫が話しかけてきたらいい加減に聞き流さない。誠実に聞いて言葉を返すように心掛けてみよう。最近はこんな事を考えています。
では今日はこの辺で。
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最後までお読みいただきありがとうございました。
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2018年6月4日 「老後の孤独」
幸せ自作人こと島津信枝です。
今日は老後の孤独について考えて見ました。
私が年のせいで耳に入ってくるのかもしれませんが。老後で一番怖いのは「孤独」ということを最近良く耳にします。しかし、その対策については誰も具体的に教えてくれないように思えます。この怖い孤独とどのようにつき合ったらよいでしょうか。
私は若い頃に5年ほど一人暮らしをした経験がありますが、初めの半年は独立した喜びに浸っていたように記憶しています。しかしその後は一人暮らしは「孤独」というよりも「孤毒」の文字が合うように思えるような時もありました。「孤毒」を年をとって経験するのは嫌ですが、伴侶を亡くしたり子供が独立したりすればやむを得ず一人暮らしとなる事もあるでしょう。
したがって孤独対策を早目に考えておく事も大切と思います。簡単に思いつくことは、月並みですが好きな仕事、好きな趣味を持つ事でしょう。
この他にも今までのお友達を大切にとか、新しい友人を一杯作りましょうという話も聞きますが、急に出来ることではありません。家族との関係を大切にしましょう。これもごもっともですが、核家族化が進んだ現在では諸般の事情で簡単には会うことができないこともあるでしょう。確かに人との交流は孤独を紛らしてくれますが流動的です。しかし仕事や趣味でしたら自分が中心になって行うことなので自分だけで夢中になることができます。
私が若いときに、人形劇をしている事を知った先輩から「好きなことを見つけて良かったですね」と言われました。その時は言われた言葉の重さが分かりませんでしたが、今この年になってよく分かりました。好きなことを持つことは確かに孤独を紛らす効果が絶大です。これは年をとればとるほど重要になると思います。今は友人もいますし家族との関係も良好ですが、だんだん年をとり友人も少しずつ消えていったとき、やはり夢中になって打ち込めるものがある事はありがたいと思うことでしょう。また、好きな仕事や趣味から人脈を広げることも出来るかも知れません。
好きな仕事や趣味で未来に向かって夢を実現しようと思う心は、若い時の心を呼び戻してくれます。
先日あるテレビ番組でデザイナーの菊池武夫氏が、「好きでここまで仕事を続けてきました」と79歳には見えない元気で幸せそうなお顔で話をされていました。私も是非見習ってアンチエイジングをはかりたいと思います。
では 今日はこの辺で。
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2018年5月28日 「余暇と余命など余の付いた言葉」
幸せ自作人こと島津信枝です。
余暇と余命など余の付いた言葉がありますね。
余暇や余命の余の意味は、余りではなく人生をより充実するための時間を与えられたととらえたらよいのではないでしょうか。50才を過ぎるとだんだん余命が短くなりますが、だからこそ充実した日々を過ごしたいものです。今まで仕事や家事に時間を費やしてきた人は自分の人生を見直すために立ち止まって、疲れをとって、今までの生き方で良かったのか、これからはどうすれば更に充実した人生を送れるかを考え直す時期ではないでしょうか。
仕事一筋で生きてきた方は、少し家族の気持ちも考えるようにして、感謝の気持ちを表すと喜ばれると思います。また家事や育児に専念されてきた主婦の方も自分の為の時間を作って行動すると生活が活き活きとしたものに変わるのではないでしょうか。
年齢と共に時も過ぎて生活は変化します。それに順応しなくてはならないのでしょう。
家族のカタチも変化していきます。子供が成長して、結婚して、孫が生まれてという具合にどんどん変化します。お付き合いのカタチも変わります。余命といってもめまぐるしく変化しそうですね。
しっくりしていなかったご夫婦に孫ができたところ、孫が鎹(かすがい)になって仲良くなった話はよく聞きます。病気になって配偶者から優しい看病を受けてから急に二人の関係が良くなったという話も聞きます。「愛」の力でしょうか。
スティーブジョブズも死を目前にしての最後の言葉として「愛情にあふれた思い出」の大切さを語ったとされています(もっともこの話は他人の創作という説もあります)。どちらにしろ、内容的に共感するところがあるのでご紹介します。
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人生において十分にやっていけるだけの富を積み上げた後は、富とは関係のない他のことを追い求めた方が良い。
終わりを知らない富の追求は、人を歪ませてしまう。私のようにね。
神は、誰もの心の中に、富みによってもたらされた幻想ではなく、愛を感じさせるための「感覚」というものを与えてくださった。
私が勝ち得た富は、(私が死ぬ時に)一緒に持っていけるものではない。
私が持っていける物は、愛情にあふれた思い出だけだ。
出典 http://temita.jp/meigen/25507
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では 後悔しない余命を大切にしましょう。
今日はこの辺で失礼します。
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2018年5月21日 「自分の身体との関わり方」
幸せ自作人こと島津信枝です。
今日は、自分の身体との関わり方についてお話しさせていただきます。最近感じることは50代からの健康は以前のものとは違うということです。つまり本気で身体をメンテナンスしていかないと簡単に老化が進んでしまう恐れがあるということです。
先日参加したファイナンシャルアカデミーの「50代のための定年後設計スクール」でも講師の方が「定年後の生活を考えるうえで無視できないのが健康です」「当たり前ですが、健康でなくなれば、それだけ医療費がかかります」と言っておられました。
医療費の事ばかりでなく幸せな生活を送る観点からも本気で健康について考えなくてはいけないと思います。
ポイントは「自然治癒力を生かした治し方」と「生活習慣を見直して病気を予防する」です。
身体にとって負担のない治療法は、自然治癒力を生かした治し方です。なぜなら身体に備わっている力を利用すれば副作用の心配も手術の後遺症も心配いらないからです。すべての病気が自然治癒で治るわけではありませんが、先ずは自然治癒で治る可能性を探る価値はあると思います。
また、生活習慣の見直しも考える必要があります。たとえば私は去年、ふくらはぎの肉離れを経験しました。初めての経験で片足が使えないことがいかに大変なことかと身をもって体験しました。私はその時自分の生活を見直しました。それまでパソコンを使った仕事に時間を使いすぎて運動不足になっていたのです。毎日ブログを掲載したり、ホームページを改訂するなど若い人であればだいしたことでなくともシニアとなった私にはかなり過酷な仕事をしていたようです。身体って正直ですね。頭では仕事をしなくてはいけないと思っていても、身体が怒ったという感じでした。それからは身体の悲鳴に耳を傾けるようになりました。
最近起こったことですが、年上の友人を用事で訪問したところ、「明日、股関節の手術を受ける為に入院するの」と言われショックを受けました。彼女は2年前位までは元気でスポーツクラブに通っていました。その後再会したときに「最近スポーツクラブには行ってないの。めんどくさくって」なんて言っていましたが、しばらく会っていないうちに徐々に悪化していったようです。でもまさか手術をするほど悪化しているとは思ってもみませんでした。
手術の恐ろしさ、リハビリのつらさを考えれば細々とでもあのままスポーツクラブに通っていた方がどんなにか楽だったのではないかと手術の成功を祈りつつ考えています。忙しい毎日の中でも健康を疎かにせず病気の予防につとめることがいかに大切かと気づかされました。
では今日はこの辺で筆をおきます。
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2018年5月16日寄稿 「離婚について」
最近は離婚される方が益々増えているようですが、これは女性の経済的自立と関係しているのでしょうか。離婚した方がいてもその理由など失礼になると思いお聞きしませんから詳しくは分からないのですが、嫌なことが蓄積して飽和状態になってしまったのでしょうか。
私の場合は、つらいことも少しはありましたが2人の子供も無事育ち、ここまでは何とか平凡かつ平穏な結婚生活を送ってくることが出来ました。しかし、私は時々自分の生活を確認する癖があり、「離婚」についてもその可能性を考える事がありました。
勉強しない子供に、「勉強しなさい」と言ってばかりいるとマンネリ化してしまい、勉強嫌いになる傾向があります。逆に「勉強したくなければしなくていいよ」というと勉強するようになったりすることがありますよね。
結婚においても同じ様な事が言えるかも知れません。「結婚は一生続けなければ行けない」、「結婚相手とは死ぬまで寄り添わなくてはいけない」などとプレシャーを感じて生活すると、ほんの小さな嫌なことがあってもそれをより辛いものと感じてしまう危険性があります。逆に「結婚に我慢できなければ、離婚してもいいんだ」と考えると自由な気持ちになって冷静に自分の結婚を分析出来ると思います。結婚生活で嫌なことがあっても、このように考えることで私はずいぶん助けられて来ました。
以前観た映画にアメリカン・ビューティー(原題: American Beauty)という1999年製作のアメリカ映画があります。アカデミー作品賞、主演男優賞、監督賞をもらった作品です。男優はケビィン・スペイシー、女優はアネット・ベニングです。平凡な核家族が崩壊するお話しなんですが、それをみて気が付いたこととして、夫婦間のちょっとした嫌な思い出が積み重なって行くと幸せな家庭であっても最後は離婚に行き着いてしまう危険性があるということです。嫌な思い出はさておいて、現在の関係を少しでも良い方に向けるように努力すべきと考えるようになってから私はだいぶ楽になりました。
お片付けのたとえで言うと、お片付けのときには3つの箱を用意すると良いと言われています。1つ目の箱はすぐ使うものを入れる。2つ目の箱にはすぐ使わないけれど取っておくものを入れる。3つ目の箱にはすぐ使わないものを入れて早目に捨てる。私は、嫌な思い出は2つめの箱に入れるようにしています。3つ目の箱に入れてすぐ捨てる必要はないけれど、すぐ使う1つ目の箱に入れて始終思い出さないようにする。1つ目の箱が嫌な思い出で一杯になったら離婚するしかないかもしれません。
少し位波風がある方が結婚生活は刺激があって面白いと気楽に考えて、小さな問題点は知恵と工夫で乗り切るようにしました。心のありよう次第で人生の景色は随分変わってくると信じています。
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2028年5月9日寄稿 「親の介護」
幸せ自作人こと島津信枝です。
ご家庭によって状況が様々と思いますので一般論では語れない分野とは思いますが、今日は、親の介護についてお話しをさせていただきます。
父が亡くなった後、実母を引き取って最後の7年間を同居いたしました。もともと母は身体が弱く病院通いをしていましたので、その付き添いや手術の立ち会いなど私も母の通院や入院には慣れていました。
母は植物にたとえると、「水をあげないと枯れてしまうか細い花」のようでしたが、気持ちの明るい可愛いらしい老人で、体調の良い時は画塾に通うなど絵を描くことを楽しみにしていました。それでも歳を取るに従って母も気が弱くなり、やはり頼りは子供ということで、兄弟姉妹の中でも気の合う娘の私との同居を希望したのだと思います。
先日参加したファイナンシャルアカデミーの講座の中でも、介護に触れる授業がありました。先生のお話では介護離職は出来るだけ避けた方が良いとのことでした。私も母の介護の経験から先生のご意見に同感です。
親を思う気持ちと一見矛盾しているように思われるかも知れませんが、自分のキャリアも大切にしないと優しい介護は出来ないと思います。
私の場合は、公的なヘルパー制度を使ってヘルパーさんに週2回母の部屋の掃除と洗濯をしていただき大変助かりました。私はそれ以外の通院の付き添いや、食事の用意、母が元気な時は画塾の送り迎えなど出来る範囲内で介護をしました。 この「出来る範囲内で」というのが重要なキーワードだと思います。無理をするとストレスが溜まるだけでなく下手をすると介護者が倒れる危険がありますし、一方で手を抜いた介護では後で「もっとしてあげれば良かった」と後悔して苦しむからです。
最後の7ヶ月は片道1時間半かかる大学病院に入院しましたが、時間を調整してほとんど毎日通いました。今思うと通える状態であっとことに感謝しています。夫や家族の協力もありましたが、私の英語の仕事が時間的に融通が利いたことが幸いでした。
人形劇の仕事は休みにしました。プライベートのおつきあいなどは最小限に控えました。
完全看護が売りものの大学病院に何も毎日行かなくてもという考えがあるかもしれませんが、何度も入院をしている母を見ているとそれまでにも「昨日はあんなに元気だったのに、急にこんなに病状が悪化して」ということが何度もあったためです。
私の介護の姿勢としては、母に対して一にも二にも優しく接するように心がけました。
具体的には
・母のいっていることは、一応「うん、うん」と先ずは何でも聞いてあげる。
・何か母が失敗したり少々変なことを言っても怒ったり強い口調にならない。「大丈夫よ。でもこうしたらもっと良いかも」と勇気づける。
(子供に対しては時には叱ってものごとを教える必要もありますが、賞める方が伸びるようです。ましてや年老いた親を叱って自信を失わせることは御法度です。)
・母が亡くなってしまった時、自分が後悔しないように可能な範囲で最善を尽くすように努力する。
(できる事をしなかったという後悔は、とてもつらいものと思われます。)
実例をお話しします。
母が肺炎で近くの病院に10日ほど入院した際に、”おむつ”を着けられて帰ってきた時のことです。
本人は初めてのことでさぞかし自信をなくしていたと思います。私は、母は入院で筋力が衰えてしまっておむつが必要になってしまったが、それは再び体力をとり戻すまでの一時的なものと思いましたので、当時同居していた長女(母のお気に入りの孫娘)と協力してなるべく母を一人にしないようにし母が気力を取り戻すように、楽しい話題で話しかけようと作戦を練りました。その結果一週間も経たないないうちにおむつがとれて元の元気な母に戻りました。
このことから、
老人の介護には心のケアが最も大切だと実感しました。“愛のシャワー”戦法が良かったのだと思っています。
年老いた親の介護は本当に大変です。私の介護は楽な方だったと思われますので、余り偉そうなことは言えませんが、一つでもよいから自分にとって大事なもの(人によって様々ですが、仕事または趣味など)を握りしめながら立ち向かえば、介護者にとっても充実した日々を送ることができるのではないでしょうか。
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2018年5月3日寄稿 「健康は幸せを後押し」
“幸せ”自作人こと島津信枝です。
“健康”それは“幸せ”を後押ししてくれます。
私は「元気なだけが取り柄です」と冗談で言うくらい体力には自信がありました。
結構意識して健康に気を配っているからです。
先日参加したファイナンシャルアカデミーの「50代のための定年後設計スクール」でも講師の方が「定年後の生活を考えるうえで無視できないのが健康です」「当たり前ですが、健康でなくなれば、それだけ医療費がかかります」と言っておられました。
全く同感です。これからも今まで通りに健康を気遣って、出来るだけ病院の世話にならないようにしていきたいと思っています。
でも私も生身の人間なので、いろいろと小さな不調は起きます。その時にどのように対処するかが大事と思っています。
安易に薬を服用したり手術など受けないようにして、自分でちゃんと納得してから受ける
ように心がけてしています。
一昨年の秋に膝の不調があり病院に行ったときのことをお話しします。
皆さんもご存知の“骨粗鬆症”。50歳を過ぎると骨が弱くなりこの病気になる人が多いと聞いていました。でもまさか自分の身には起きない病気と思っていました。
というのは、私は仕事で人形劇とパントマイムをしていますので、動ける身体づくりのために「きくち体操」をするなど、日頃から身体を鍛えていたからです。
膝の不調を感じたときも早めの受診をと思い病院に行きました。
医師の勧めで骨密度検査をした後、検査結果を聞きに行ったときの医師との会話です。
医師 「骨密度がかろうじて大丈夫という範囲の結果でした。お薬出しましょうか」
私 「いや、薬はちょっと」(ぎりぎり大丈夫なら飲まなくてもいいんじゃ無いかしら)
医師 「では注射にしましょうか」
私 (もっとびっくり)「いや、出来れば食品で治したいのですが」
医師 「食品じゃたいして効果がないから、日光に当たるようにして下さい」
私 (これ一番いいじゃない)「お日様でいいんですか」
(でも待てよ、お日様ということは、日焼けして、しみ、そばかすが増える~。
まるで美白と骨のどちらを取るか聞かれているようでした。答えは、骨ですよね~)。
ともかく薬と注射からに逃げられて、無事帰宅しました。
その日からは、リビングのレースのカーテンも閉めないようにし、車の日よけもしないようにして生活を変えてみました。確かに顔にはシミやソバカスが増えたような気がしますがもっと大事な骨のことを思えばなんともありません。
では今日はこの辺で筆をおきます。健康も宝の一つですね。
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2018年4月28日寄稿 「幸せ自作人」
幸せ自作人こと島津信枝
私はよく、「幸せそうに見える。一緒にいて楽しい。安心する。と言われます。特別意識して何もしていないのですが、何故かなあ と考えてみました。
私は、“幸せ” を意識して生きていたのかも知れません。
どうすれば私が幸せでいられるかしらと自問自答することが多々ありました。
今回ファイナンシャルアカデミーの定年後設計スクールを受講したのもこの“幸せ”が関係していて、夫の定年後も今までのように幸せでいられるか不安を感じだからです。

私の夫が今年の3 月に定年を迎えたのですが、私の関心事の一つに、夫の定年後に起こる妻の“うつ病”がありました。
「私は大丈夫だろうか。」
具体的にこの“うつ病”を説明すると、定年後夫が毎日家にいる生活が負担となり、妻が心身の不調をきたし 挙げ句の果てに“うつ病”になってしまうというものです。もし 私がそのようになってしまったら困ります。
自分のことばかり考えていても埒があかないので夫は定年をどう考えているのだろうか。
定年を迎える夫本人の気持ちはどうなのかちょっと視点を変えて考えました。
長年ずっと続けてきた仕事が定年を境にスパッとなくなってしまう。自身の年齢が高くなっている。次の仕事も決まっていない。さぞかし不安だと思いました。
私も仕事を辞めた経験がありますが、その時は出産が理由でした。 その時の私は
まだ 若かったし、赤ちゃんが生まれるという希望、楽しみがありました。それに、夫が経済的に支えてくれていました。
同じ離職でも雲泥の差があります。
夫も私以上に不安なことは想像できましたが、一般の男性はそのような不安を妻に対してあまり口に出さないようです。

丁度その頃、私が出席した、シニアが集まる会でも不安を抱えた定年男性が、私が推測したような悩みを打ち明けていました。やはりそうなんだ。男性達も定年を迎えるのが不安なんだと実感しました。 「夫に優しくしてあげなくては」と心でつぶやきました。
しかし男姓はプライドが高いので素知らぬふりをして振る舞うことが大切かもしれないとも思いました。
そうこうしているうちに、夫に定年の時がきましたが、私の心配をよそに、今のところ夫との関係も良い方向に進んでいます。
一瞬、私も外出を控えた方がいいのかしらと頭をよぎりましが、外で悪いことをしているわけではないし、変に気を遣うと自分がだめになってしまう。私にはそのようなことは出来ないと思いましたので、今まで通りに行動しようと決めました。
私は今まで通り外出はどんどんしていますし、 夫にも今まで通りに接しています。
今では「あの心配は解決したな」 と感じています。 そのようになれたのは次のように努力したからだと思います。
先ず、私は定年後の妻の夫への対応方法として次ぎの二通りを考えました。
- 今まで通りわたしは、マイペースで生活し、好きなように外出もする。そして夫には今まで通りに接するよう心がける。
- 夫がさみしがるようなら、我慢して外出をかなり控えるなど、できるだけ夫が好む生活をする。 その場合フラストレーションがたまって、夫に意地悪く接してしまうかも知れない。
どちらがいいでしょうか。夫婦は二人の人間の組み合わせなので一概に言えないとは思いますが、私は ①が理想と思いました。
定年を迎えた夫は、妻にやさしくしてもらいたいはず。妻も同じ屋根の下で暮らしているのですから自分らしく生きた方が、“幸せ”だと思います。
私の場合、結果的には①のようにしたところ心配していたような生活の激変もなく、今のところ夫との日々もうまく進んでます。 なんとかこの小さな幸せが続くことを祈りつつ。今回はこの辺で筆をおきます。
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最後までお読みいただきありがとうございました。
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